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[図1]濡れ現象とYoungの式(右上) |
1977年にCahnは、この式の臨界点近傍での漸近的な振舞に注目し、「気液臨界点では、必ず濡れる」と予言しました。 実験的な発見は1990年代になりましたが、特にサファイア基板上の水銀の濡れについては詳細な研究が為され、図2のような相図が得られています。赤線は前駆濡れ転移線(prewetting transition line)と呼ばれるもので、薄い濡れ層から厚い濡れ層への1次相転移(2次元の気液転移)を意味し、固有の臨界点(CPW)もあります。臨界ゆらぎも観測されています。 詳細は、Yao, J. Phys.: Condens. Matter. 8 (1996) 9547; ibid., 13(2001)R297; Ohmasa, Phys. Rev. E63(2001)051601; Kajihawa, J. Phys.: Condens. Matter 15 (2003) 6179等。
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[図2]サファイア基板上の水銀の濡れに対する相図 |
さらに我々は、逆の現象である「臨界点脱濡れ現象(critical point
dewetting)」も実験的に観測しています。 即ち、臨界点から遠いと濡れるが、いざ臨界点に近づくと濡れなくなるという現象です。
この天の邪鬼な現象には、「濡れ」は巨視的な現象であるが、「濡れ易さ」は量子力学に基づく微視的相互作用に依存することが関わっています。
即ち、濡れ現象の物理は、ミクロとマクロの階層を縦断する物理というわけです。 詳細は、Ohmasa, J. Phys.: Condens. Matter,
18 (2006) 8449等。
[2] 金属−非金属転移に伴うslow dynamics
遅いダイナミクス(slow
dynamics)は、気液臨界現象やガラス転移などで知られていますが、金属−非金属(M-NM)転移に関わる現象も、我々により初めて観測されています。
図3は、流体水銀の物性の密度依存性を端的に示したものです。
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[図3]流体水銀の物性の密度依存性。なお、5.8g/cm3近傍でピークをもつ臨界吸収からの寄与は差し引いてある。 |
水銀原子の最外殻電子配置は6s2なので、金属になるためには、6sバンドと6pバンドの重なりが必要です。
図3中の低密度側にある破線は、6s-6pバンドギャップのエネルギー依存性で、8g/cm3近傍でゼロになっています。
一方、高密度側の点線は、核磁気共鳴実験で得られたナイト・シフトで、フェルミ準位での電子状態密度を反映しています。
バンドギャップが閉じれば、ほどなくナイト・シフトが増大しています。即ち、8〜9g/cm3近傍でM-NM転移が起こっています。
実線は、この領域でピークを示す超音波吸収です。金属領域と非金属領域のtwo-level systemと考えれば、説明がつきます。 詳細は、Kohno, J.
Phys.: Condens. Matter 11 (1999) 5257; ibid. 13
(2001) 10293; ibid. 14 (2002) L171等。
M-NM転移領域でのslow dynamicsは、他の系でも観測されています。 詳細は、Yao, J. Phys.: Condens. Matter 12
(2000) 7323; Kajikawa, J. Phys. Soc. Jpn. 76 (2007) 14604等。
[3] 超臨界水(アルコール)の誘電緩和
誘電的性質は、溶解度を決める支配因子です。 特に、水やアルコールなどは室温近傍に留まらず、超臨界領域においても(環境科学などの観点から)重要な溶媒でので、
それらの誘電的性質は喉から手の出るほど欲しい情報でありました。 しかし、従来からのマイクロ波分光法では、高温域の測定は不可能でした。
我々は、全く新しいマイクロ波分光法を開発して、不可能を可能に変えました。図4左は、水の“全流体相”での誘電緩和時間τDの密度依存性です。
高密度の液体側では、予想通り、熱膨張に伴い水素結合ネットワークが切断されていくため、τDが次第に減少します。
ところが、低密度の気体側では、密度低下に伴ってゼロになるどころか、発散的に増大することが実験で見つかりました。
しかし、これは「回転している独楽が、何故重力に抗して倒れないのか?」と類似のことで、水分子同士が衝突して角運動量を失わない限り、外部電場の反転には従いません。
実際、τD は二体衝突時間とピッタリ合致します。
このアイデアから出発して、気体側から超臨界領域を経て室温へと次第に高密度の水に考察を加えることにより、全流体相での誘電緩和機構が解明されました。
詳細は、Okada, J. Chem. Phys. 107 (1997) 9302; ibid. 110
(1999) 3026等。
アルコールは、水より複雑な分子構造を有するため、複数の緩和時間を考えなければなりませんが、本質的には水と同様の解釈が成立することが分かりました。
図4右は、エタノールの3種の緩和時間の温度(の逆数)依存性です。 高温側では水素結合ネットワークに属さない自由なアルコール分子も存在しますが、TX以下では自由なアルコール分子は殆どいなくなり、さらにTV以下では、水素結合ネットワークの熱的切断も起こらなくなり、ガラス転移温度Tg
に向かって誘電緩和時間の著しい増大が観測されています。 詳細は、Hiejima, J. Phys.: Condens. Matter 13
(2001) 10307; Hiejima, J. Chem. Phys. 119 (2003) 7931等。
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[図4] 左:水の“全流体相”での誘電緩和時間の密度依存性 右:エタノールの3種の緩和時間の温度(の逆数)依存性 |