回転する超流動3Heの量子流体力学
超流動Heの流体の速度場は巨視的な波動関数(オーダーパラメター)によって記述されるところに特徴がある。その結果、トポロジカルな欠陥として明確に定義された渦度が量子化された量子渦が存在するなど、超流動Heの流体力学は巨視的量子凝縮系特有の性質によって支配される。また流体の運動には波動関数のコヒーレンス長にわたる空間の平均化操作が働き、流体としての自由度も通常の流体に比べて強い拘束をうけ、理論的な取り扱いも厳密に出来る所にもう一つの特徴がある。
超流動には4Heと3Heの場合があるが、本研究では超低温で実現する超流動3Heを中心にした量子流体力学について研究する。超流動3Heの静的な性質については精密で、広範な研究があるが、流体としての超流動の研究はあまり進んでいない。超流動3HeはP波三重項超流動であり、オーダーパラメターの内部自由度によって多彩な渦が存在し、ヘルシンキ工科大ではNMRなどによって幾つかの渦が観測されている。また、流体が超流動成分と常流動成分から成るとする2流体模型に基づく流体方程式もBCS理論から導出される。絶対零度近傍の常流動成分を持たない完全流体での渦の切りちがいが起こる機構や渦の生成・消滅機構の問題などは流体の問題に留まらず宇宙論とも関連する興味深い問題である。
本研究では流体として最もクリーンな流れである回転する超流動3Heの流体力学の研究を行う。この研究は物性研と京都大学を中心にして市大、福井大の研究者が参加して行う共同研究である。本実験遂行のために回転する超低温冷凍機を開発した。最高速度2回転/秒の回転下で液体3HeをサブmK温度域に冷却する冷凍機が完成した。世界で稼働中の回転超低温冷凍機は3ヶ所にあるが、この温度域での世界最高速度の回転速度をもつ冷凍機である。
1)超流動3Heの対生成に伴う固有角運動量の存在の検証実験:超流動3Heにはクーパー対1個当たりhの固有角運度量が存在する。軌道角運動量がl方向に揃った状態にある超流動3He-Aにおいて、固有角運度量に伴う巨視的な角運動量が観測されるかどうかという問題は超流動の発見以来、尚未解決の問題である。円筒状の超流動3He-Aを回転させることによって、NMRの共鳴周波数変化から固有角運動量が観測可能であることを高木等が予言した。日米科学共同事業(国際共同研究)による米国の回転冷凍機を使用した予備実験を終え、本研究によって固有角運動量の巨視的発現を示唆するデータを得た。その他に回転と磁場により制御されて試料容器中の折り目構造が変化することを発見し、回転によって導入される量子渦の生成と消滅についての研究を行った。
2)狭い平行平板間の超流動3He-Aの量子渦/Half-quantized vortexの探索:平行平板内の超流動を回転させるとHalf-quantized
vortex(HQV)が観測されることがVolovik等によって預言されている。HQVは渦芯の回りで一回転すると軌道部分を表わすオーダーパラメターlは反対向きになるが、スピン部分のオーダーパラメターdも同時に反転し、オーダーパラメターは全体として連続であるという不思議な量子渦である。これは素粒子分野で提案されているトポロジカル欠陥であるAlice
Vortexと類似の渦である。これまでの実験結果では残念ながらHQVの存在を明確に示唆するデータは得られていないが、回転によって平行平板中の折り目構造が変化すること等から、バルクで存在するものとは異なりNMR信号の見えない特殊な量子渦が平行平板間に生成していることを発見した。
物性研究所との共同研究で建設した毎秒2回転で回転する核断熱消磁冷凍機。
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